函館建青会

太田大権現

名称
太田大権現
発注者
所在地
大成町
建設年
1441年~1443年

上古、阿部比羅夫が蝦夷征伐の折、カムイを祭った所とも、また、アイヌの勇士がカムイに出会った所とも伝えられている太田山は古くからの信仰の地であって、神社の年譜によれば創建は嘉吉年間(1441~1443)とあり、亨徳3年(1454)に武田信広が太田大権現の称号を賜ったと伝えられているように道内では最も古い神社である。神社の洞窟には早くから内祠が作られ、不動明王などが祭られていた。太田大権現は明治の神仏分離令で仏体、仏具が取り払われ、猿田彦を祭る太田神社となって今日に至っている。太田神社は昭和7年に本道第一の霊場に選ばれているように、本道と本州との文化交流史の上で特異な地位を占めていて、本道縁の円空上人や木喰上人作の仏像が祭られていたが惜しくも焼失している。